路上生活者対策に関する要望書

東京都福祉保健局 生活福祉部長
路上生活者対策事業運営協議会長 殿

 

新宿野宿労働者の生活・就労保障を求める連絡会議(新宿連絡会)
                              池袋野宿者連絡会

 

2013年4月24日

 平素から路上生活者対策の推進にご尽力頂き感謝しております。
 
 周知の通り、「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」が昨年、全国自治体や当事者、支援団体の努力の甲斐もあり5年間の延長となり、来年7月新たな基本方針を策定するため議論が開始されたところであります。
 他方において昨年来、国の社会保障審議会において議論されて来た生活保護制度改正に連動した「生活支援戦略」の最終答申を受け、「生活困窮者支援」なるカテゴリーが確立され、その実施のための法整備と、モデル事業への予算措置が取られたところであります。
 東京都においては、この一連の国の動き(リーマンショック以降の混迷にようやく終止符が打たれ、福祉施策、労働施策の混乱と乱立を整理統合しようとする動き)と、どのようにリンクし、どのように東京都特有の課題に対していくかが、今後の課題としてあると考えます。
 もちろん今後の国の動きに対する不安もあります。多くの識者が指摘している通り「生活困窮者」とは誰なのか?と云う、施策の対象者の概念の線引きが明確でない点、また今回の制度化にあたっては当事者サイドの声がなく、果たして(「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」が例示としてあげている生活困窮者とされる)「非正規雇用者」「フリーター」「ひきこもり」とされている人々のニーズに沿ったものなのかという点、同じく同部会で例示されている「ホームレス」が「生活困窮者」の概念に入るとするならば、「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」との関連はどのようになるのか?これまでホームレス特有のニーズに即し支援体型を構築してきた官民の体制がどのようになるのか?などの疑問点、不安点が残ります。
 また、今年度から全国規模で実施されるとされるモデル事業、なかでもその中心となる「総合相談支援センター(仮称)」は、既に実施されている他施策相談場所との関連でどのような権限と立ち位置になるのかが明確にされておらず、「縦割りを排する」「総合相談」の名の元で、今迄と同じような何の権限もない相談場所が設置され、しかも対象者の基準が明確でなければ、結果、利用者のたらい回し、混乱が予想されるなど、こちらにも大変不安が残ります。
 私たちがかかわる路上生活者の場合は、長年の蓄積の中で病気の場合で保険証がなく治療費がない場合は福祉事務所での相談、路上からの自立を希望する場合は、自立支援事業や、各区の法外援護などの窓口である福祉事務所内の担当係と、権限のある相談場所は明確になっています。その他の相談はそこへ「つなげる」相談でしかありません。長期に亘り路上生活をしている場合は仕事を探しにハローワークに行ったとしても、連絡先となる居所は確保されません。路上からの自立を考える時には、連絡先、住所、居所と云うものが必ず必要となるからで、そのニーズは当然ながらハローワークはもちろん熟知しておらず、またそのための施策も用意していません。
 このような路上生活者特有のニーズに即して、相談後すぐに入居できるシェルターから始まり、総合相談が可能な自立支援センターなどの自立支援事業へとステップアップ出来る施策を官民共同で準備して来ました。その上でハローワークなど他施策を活用する方法をとっています。
 専門分野と一般分野はこのような役割分担の中で、結果的な総合相談が可能だと考えます。
 
 このように、路上生活者や「生活困窮者」に対する国の方向性と云うのは、総論(膨大化した生活保護の抑制のため、第二セーフティネットを強固なものにする)は理解出来るが、各論は不鮮明なままであるとも言えます。この点についての整理を都はどのように考えているのか?政権が変わり、都知事も変わった東京都福祉保健局の見解をまずはお伺いしたく存じます。
 国から予算が出るからと言って、東京都が何の吟味もせず、すぐに飛びつくような行政だとは私たちは思っていません。路上生活者対策において、自立支援センターなど、ステップアップ方式の自立支援事業、そして地域生活移行支援事業など、国に先駆け効果ある事業を立案し実行して来た東京都だからこそ、ここは一層の吟味が必要と考えますが、如何でしょうか?
 そして、もしこの国の方針を東京都が実施するとするならば、この地の特徴からして都が独自に実施している相談機能をも統合し、一定の権限をもたせ、「第2福祉事務所」と位置づけられるようなものを特別区とは別に都が責任をもって実施するのが妥当かと考えますが、如何でしょうか?

 さて、かつて「走りながら考える」が口癖であった通り、とにかく先行実践をし続けて来た東京の路上生活者対策でありましたが、近年東京都のアプローチ力はやや控えめになったかのように感じます。
 それは、路上生活者対策は政策的にはある程度完成の域に達したとお考えなのでしょうか?ならば、「考える」とされる部分、つまり施策内容は、どのように評価、総括されているのでしょうか?
 都が毎年実施している「路上生活者概数調査」においては、毎年のよう「同調査開始以来最低数」確かに更新され続けています。

 ホームレス問題、または路上生活者問題と呼ばれている問題は固定した層の問題として捉えられがちですが、地方都市とは違い、こと東京(とりわけ繁華街のある地)においては流動した人々の層の問題として考える必要があります。路上生活者の数に未だ正確な数が把握されないのは、瞬間値や、一部の固定層にしか頭が及ばす、流動層の存在に思いもよらない社会の傾向を反映したものでしかありません。
 たとえば新宿区で云えば、昨年8月の都の概数調査では155名。ところが、前期の越年越冬時に私たちが調査したとこでは467名と約3倍の誤差が生じます。この誤差(どちらも歴史ある調査なので極端な間違いはないと考え)をどのように解釈したら良いかと云えば、155名は昼間誰の目にも分かる固定した人々の層として、残り312名は日々変化する世間が寝静まる深夜にようやく目につく流動した人々の層と考えられます。これら流動層の人々はどこから来るのかと云えば、自立支援制度や生活保護制度など諸制度からの循環(制度からの離脱や失敗)と、地方からの新規流入だと考えられます。

 新宿の地においては年々、この流動層の比率が高くなっています。固定した層の滞在歴は長期となり、その結果年々高齢化、病弱化しており、都市開発など何らかのきっかけで制度の方に吸収され易くなっているからです。その意味でも都の概数調査の減少傾向は、そのことを反映していると云えるでしょう。
 ここで問題になるのは、昼間、目に見える固定層の人々の諸問題が解決しつつあるから、この期をもってホームレス問題は終わるのかと云う問題です。
 固定した層だけの問題ならば入所率が減る筈の自立支援センターは、未だ満床です。路上歴1日であるとか、1週間であるとか、地方から流れてきた若い仲間(流動層)がそこには多く入居しています。緊急宿泊事業なども同様です。
 早く次のステージに移行したいのは、やまやまなのでしょうが、実はまだ終わっていないのが、東京におけるホームレス問題の実情です。
 この現状の共有化の議論は、昨年の要望書においても視点を提示したつもりでしたが、この間、国体、オリンピック誘致、または都市開発などで固定層のテント生活者等への立ち退き要請が多々ある中、旧来の層の深刻な問題でさえ、特別区に任せきりで、自ら率先して有効な施策を構築することをしなかったのは誠に遺憾であります。だいぶ昔になりますが、「地域生活移行支援事業」は断続的に継続すべし、断続的に継続することによって始めて、都市公園における固定層テント問題などは解決すると提言したことがありましたが、それが未徹底であったが故にオリンピック招致の障害になるなんてことが、今後ないようお願いしたいとところであります。
 流動層の路上生活者へのアプローチもまた不徹底であると考えます。この数年巡回相談に対する苦言、提言を続けてきましたが、以前より柔軟性を持つようになったものの、まだまだ流動層を捕捉したとは言い難い情況です。夜間、深夜の巡回が安全上無理があるのなら、民間の炊出し等、流動層が多く集まる場所での相談なり、アプローチがあってしかるべきだと考えます。
 また、「路上生活者対策の再構築」以降、導入部である筈のシェルター部分(緊急宿泊/法外宿泊)の不足が顕著となっています。中間施設の整備は住む場所のないホームレスの対策にとっては重要な視点です。いくら景気が良くなろうとも、仕事を探す、仕事をするためには、それ相応の居所は必須となります。
 シェルターとしての機能が縮小し、満床のためすぐに入れず待機待ちが続く自立支援センターを補完するためにも、相談をし、その日の内に入れ、安心感が持てる施設の確保は今以上に必要かと思われます。また、民間においても自立支援センターと類似の事業は中間施設が確保されれば、いくらでも可能であり、新宿区においては「自立支援ホーム」として既に実施され続けています。このような特別区が民間団体と協力しながら実施している事業を拡大させ、仕事につながる施策を多く実施することが、都が率先して実施してきた自立支援センターの手法を広め、有効に、また効果的に活用される仕掛けになるだろうと考えます。
 「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」が4年後に失効を迎えるとするならば、これまでのよう自立支援センターは「国策」ではなくなる訳で、その運営にも大きな打撃を受けることと思われます。しかしながら既に実験的な施策を含めれば17年間もこの地において実施され続け、そのプログラムも定着し、また約50%の就労自立率をコンスタントに挙げ、一般失業者対策に比しても効果がある事業を、国の方針がなくなったからと、すぐに止める訳にはいかないだろうと考えます。

 既に昨年来提示して来た通り、この地東京においてどのように路上生活者対策を仕上げていくのか? この意識がない限り、ただ数が減ったと表面的な数だけの成果をいくら発表しても、また、既存の施策を羅列したとしても、あまり意味がないと考えます。
 その場から路上生活者を居なくすることが、当人達にとって、幸せであるとは限りません。更なる困窮を強いられる場合さえあります。
 また、既存の諸施策が効果的かどうかは、経験と検証を経なければならず、そこには不断な改善の道を経なければなりません。

 私たちは世で云う格差是正を求めるものでも、貧困解消を求めるものでもありません。
 私たちの願いは、ただ、いかなる不幸に苛まれたとしても、この地が、路上生活を余儀なくされるようなことがない都市であって欲しいの一点だけです。それが私たちのゴールであるし、東京都の路上生活者対策のゴールであると考えています。

 そのためにも、今も必死で生き抜いている路上の仲間達の背中を押し、より多くの仲間が、今よりもましな生き方が出来るよう、不断の努力で支援体制を構築して頂けるよう強く願います。

 今回も何をどのようにと云う具体的な要望ではありませんし、大きな予算措置を伴う新規事業をと云う要望でもありません。
 路上生活者対策の手法は既に確立し、経験も成果もあると云う前提に私たちも立っております。
 その上で、この問題に本気で向き合ってもらいたい、最後までつきあってもらいたいが故、あえて苦言や視点を申し述べました。

 認識を共有し、今後の議論の材料にして頂ければ幸いです。

                                                               

                                                                  以上